学会概要


2006年4月6日、日本弁護士連合会クレオにおいて、司法アクセス学会創立総会が開催されました。
ここでは、その概要をお伝えしたいと思います。




司法アクセス学会 創立総会


1.挨拶

ご挨拶

司法アクセス学会前副会長・小堀 樹
(日本弁護士連合会会長[当時])


 このたび「司法アクセス学会」へのご参加を呼びかけましたところ、短期間の間に160人を超える方々からご参加のお申し出をいただき、呼びかけ人として厚く御礼申し上げます。また本日は新年度の最も多忙な中で、このように多くの皆様のご参加により、設立総会を持つことができますことにも、呼びかけ人の一人として感謝申し上げたいと存じます。

 私たちは、司法制度改革の真只中で、総合法律支援法が作られ、司法支援センターの構想が具体化した平成16年のはじめから司法アクセスフォーラム準備会というささやかな研究会を設け、以後2年にわたって、国民にとって利用しやすい司法とは何か、そのためにはどのような条件を準備する必要があるのかについて研究を重ねて参りました。司法アクセスの問題は司法制度そのもの―裁判所や裁判官制度、検察や弁護士制度、裁判所の手続きとともに紛争の予防と早期の解決に貢献する各種のADR制度など、司法制度本体の整備、訴訟法などの法的整備とともに、人々の生活の中で法がどのように機能しているのか、あるいは機能していないのか、という、法のありように関する考察を必要とする、きわめて広い範囲の問題であります。そこでは司法制度や法曹養成制度とともに、法の担い手である法曹の技術や文化、社会の人々との関係、行政との関わり、地域における法の役割、国際社会における法文化の普及など、多様な角度からのアプローチを必要としております。近年のいわゆる「グローバリゼーション」のもとでの新たな貧困、あるいはここ数十年間に日本列島を襲った消費者金融問題といった、卑近な問題ひとつひとつをとっても、法が人々の生活を守るために何ができるのかは、多角的観察と多様な実践によらなければ解明できないものであります。

 司法アクセス学会は、このような視点から、できる限り広い学問分野の研究者と、司法に携わる弁護士、司法書士などの実務家にご参加を呼びかけ、ご賛同をいただきました。研究者と実務家が多数結集することによって、それぞれの抱えている課題意識の交換と研究の発展への契機はより加速されることになろうかと思います。

 またこの学会の研究者、実務家とも、地方で活躍されている皆様にも多数ご参加いただいくことができました。司法アクセスの課題はある意味では地域のコミュニケーションの課題でもあります。日本のどの地域でも、人々が等しく司法へのアクセスを保障されることは、それぞれの地域で、人々に最も適切な施策が実施されることを必要とします。各地域を網羅した大研究組織として、この学会を育てていただきたいと存じます。

 さらに、この学会には数はそれほど多くはありませんが、消費者問題の専門家、ジャーナリスト、雑誌の編集者など、司法情報をダイレクトに人々に伝える位置におられる方々のご参加もいただいております。司法アクセス学会では、参加者一人ひとりに、日頃から抱える問題意識を反映していただき、解決策を多方面から追及することができるような活動を作って参りたいと存じます。

 本日は、松尾検事総長に記念講演をいただくことになっております。また設立されました日本司法支援センターからもご参加いただいております。このように、研究者と実務家、民と官の枠を超えた、幅広い研究団体としてこの学会を大きく育てていただきたいと存じます。


2.記念講演

記念講演「21世紀 日本司法の課題」

松尾 邦弘(検事総長[当時])
 

 司法制度改革に力を注いでこられた松尾邦弘検事総長より、「21世紀 日本司法の課題」のテーマで記念講演をいただきました。ご講演の要旨は以下のとおりです。
 はじめに、中国における興味深い2つのエピソード―公園の絵看板による市民への刑事適正手続の啓蒙および裁判官・検察官の収賄事件数の正直な公表―を交えて、中国における法の支配の進展状況を紹介されました。翻って、わが国においても、司法と国民との間には大きな距離があることを、やはり興味深い2つの体験談―債権回収を暴力団に依頼したところ、その暴力団に回収金を横領されてしまった事件およびビジネスの最前線でもバブル崩壊後には不動産担保制度が機能しなかった事例―を交えてお話しされました。このような矛盾が積もりに積もっていたわが国において、諸々の司法改革が急激に生じてきたのであり、改革の方向は、行政による事前規制型社会から司法による事後救済型社会に向かっており、安心社会の崩壊と相まって、司法の果たす役割はますます大きくなっていることを指摘され、司法アスセス学会および日本司法支援センターの設立を、このようなわが国の現状の要請に適ったものとして位置づけられ、期待を表明されました。

 そして、透明、公正なルール、事後制裁・救済型社会が機能するためには、次のような前提がなければならないことを指摘されました。まず、国の側からは、第一に、透明、公正なルールをつくること、第二に、そのルールが機能するように事後に制裁、救済を実効あらしめるための適正な執行体制を整備すること、第三に、制裁、救済が的確に行われることです。また、国民の側からは、第一に、教育や広報活動を通して、司法がどういう仕組みになっているのか、司法へのアクセスのための機関はどこにあるかなどの情報を行き渡らせること、第二に、国民の間にコンプライアンスの精神を醸成することが課題であることが強調されました。

 松尾検事総長は、司法アクセス学会が、日本司法支援センターと二人三脚で、学問的・実務的な研究を積み重ね、大きな成果を上げ、わが国の司法に貢献することを祈念するとして、記念講演を結ばれました。


3.基調講演

基調講演「正義へのアクセスと新学会の使命」

司法アクセス学会会長・小島 武司(中央大学教授[当時])
 

 小島武司・中央大学法科大学院教授(学会会長)の基調講演「正義へのアクセスと新学会の使命」の要旨は、以下のとおりです。

 21世紀初頭に至って、明治維新の法制整備に匹敵する司法大改革が、日本においてほぼその姿を現しつつあり、司法支援センターが発足した2006年4月10日は、司法を中心とする法の支配を現実のものにする出発点として意義深い。

 正義の普遍的アクセスの歩みは、貧困という障壁を克服するための法律扶助などの第一の波、環境保全や消費者保護などの「拡散利益」の保護のための団体訴訟やクラス訴訟などの第二の波を経て、あらゆる障害を克服し正義のユビキタス・アクセスを目指す総合的なアプローチである第三の波を今日迎えている。正義の総量の飛躍的拡大を目指すとなれば、裁判と代替的紛争解決(ADR)とが魅力ある選択肢として提供され、また、弁護士などの法律専門家による法的サーヴィスが相対交渉の場を含めて利用者に近づき易いものとなる必要ある。法的情報がいつでも、どこでも、また、誰にも容易に近づけるという状況が生まれなければ、こうした多様な可能性を利用者は享受できない。

 正義への普遍的アクセスは、貧困という障害を越えて、老齢、心理、性差などあらゆる障害を包括的に捉える「社会的排除」ということをキーコンセプトとして、推進されなければならない。日本は、司法支援センターの創設をもって、21世紀の司法モデルの構築という、世界の最先端を行く理想にコミットしようとしているのである。

 このような遠大な理想に取り組むには、新しい学問の場が必要である。公共領域に民が競争的に参入し、法分野横断的かつ学際的な協力を進め、専門家と非専門家とが深度ある問題把握に共に取り組み、新たな理論や仕組み、着想を生み出していくことが不可欠である。この志をもって設立されたのが、「司法アクセス学会」である。理論と実務の架橋が実現しつつある法科大学院の誕生は、このような研究にとって最良の環境となると期待される。


4.パネルデイスカツシヨン

パネル・ディスカッション「司法アクセス―今、何が問題か」

 

 司法アクセスをめぐる今日的課題は何か。司法アクセス学会の創立行事の一つ、パネル・ディスカッション「司法アクセス―今、何が問題か」が、パネリストに藤井範弘・法律扶助協会専務理事、土屋美明・共同通信社論説副委員長、島野康・国民生活センター審議役、山本和彦・一橋大学教授の4氏を迎えて行われた。司会・コーディネイターは早野貴文弁護士(学会常務理事)が担当。


 議論の柱は、「なぜ、今、司法アクセスなのか」、「アクセスのニーズをとらえる」、「アクセスを阻むもの何か」、「司法アクセスの論点/司法支援センターを育てる」の4つ。

 パネリスト4氏は、自らの司法アクセスへの関わりや経験を踏まえ、多彩な視点で実践性に富む見解を披露した。「日本社会の構造的な転換が進むもとで、市民生活に多くの問題が生まれ、市民にはより主体的にこれに対処することが求められる。」「時代は、司法にあたらしい役割を、司法アクセスにあたらしい課題を担わせようとしている。」「司法アクセスのニーズは大量に存在ししかも潜在化している。司法は、進んでニーズをとらえこれに応えることをとおして、市民と社会のより積極的な関係づくりに寄与すべき。」「アクセスを阻む要因は、市民の側と司法の側の双方にあり、それぞれが、かつ、相乗的に、それらの克服に取り組むべき。ことに司法には依然として市民を遠ざける要素が残っている。」などの意見交換を経て、各パネリストは、司法支援センターの当面する論点をこもごも語った。


 フロア発言も含め、司法支援センターが豊かな広がりを持った創造的な活動を展開すべきこと、そのために人的・物的リソースの一層の整備・拡充がはかられるべきことは、参加者の一致した声であった。